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広島高等裁判所岡山支部 昭和37年(ネ)154号 判決 1968年6月02日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、当事者双方の求めた裁判

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人小野は別紙目録記載の土地および第二建物につき岡山地方法務局昭和三五年八月八日受付第一四、四〇六号をもつて経由した所有権移転登記の、同目録記載の第一建物につき同法務局昭和三六年八月三日受付第一五、一二七号をもつて経由した所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。被控訴人長尾は控訴人に対し右第二建物を明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らはいずれも主文第一項と同旨の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張、証拠の提出・援用・認否はつぎに附加するほか原判決事実摘示のとおりであるからそれをここに引用する。

(一)、控訴人はつぎのとおり述べた。

1、岡山労働金庫(以下金庫という)からの借主が、控訴人でなく池田洋服店従業員組合(以下組合という)であとるすれば、金庫は昭和三〇年一〇月二〇日組合と貸付元本極度額六〇万円、利息日歩四銭九厘、遅延損害金日歩七銭とする当座貸越契約を締結し、控訴人はこれに基く貸金債権担保のため本件不動産に根抵当権を設定し、金庫は同日右契約に基き組合へ六〇万円を貸与したが、本件競争手続は右根抵当権の実行としてなされたものである。

2、ところが組合は存在しておらず、したがつて右消費貸借契約は無効であり、金庫は組合に対し貸金債権を有しておらず、右債権が存在することを前提とする競売は無効である。すなわち労働金庫法一一条一項四号にいう団体はいわゆる権利能力なき社団に属し、社団は二名以上の者が団体の根本規則を定めることによつて成立するものと解されるところ、組合の構成員のうち控訴人以外の者は団体の根本規則の制定に全く関与していないのはもちろん、団体を結成しようとする意思さえなかつたものであるから組合は存在していなかつた。

3、控訴人が存在しない組合を代表して右契約を締結したとしても控訴人は民法一一七条一項所定の義務を負担するいわれはなく、仮にそうでないとしても金庫は組合が存在しないことを知つて右貸付をしたものであるから、控訴人は同条二項により履行の責を負わない。

4、本件消費貸借契約が金庫と控訴人との間になされたものであるとすれば、それはいわゆる員外貸付であり金庫の目的の範囲内に属さないものとして無効であり、これが有効であることを前提とする競売は無効である。すなわち労働金庫法は労働組合などの労働者の団体が協同して組織する労働金庫の制度を確立し、これらの団体が行う福利共済活動のために金融の円滑を図りその健全な発達を促進するとともに労働者の経済的地位の向上に資することを目的とし、金庫はその行う事業によつて会員に直接奉仕することを目的としており、預金等の受入、資金の貸付等の対象は会員及びその構成員に限定されており、その性格は非常に封鎖的であるから、員外貸付の効力の有無を判断するについてもこれを厳格に解するときは、本件貸付が労働金庫法五条に違反することを知悉している金庫が控訴人に法の定める員外貸付の禁止を潜脱する手段を教示し、会員たる資格を装うための必要書類を形式的に整えさせて法の要請に合致するよう作為したからといつて、営利を目的としてなされた本件員外貸付を有効なりとすべき根拠を見出だし得ず、従つて本件抵当権設定契約は無効である。

なお本件貸付が員外貸付として無効であり、かつ金庫は本件貸付当時このことを知悉していたものであるが、このことはつぎの事情からみても明らかである。

もともと本件貸付については控訴人と労働金庫との間において長期貸付の約束がなされていたが、その後控訴人が金庫の求めに応じて本件不動産に抵当権を設定したとき、金庫としては債権確保の目的を達しうるので控訴人が利息を遅滞なく支払うときは手形書替えの方法により、利息の支払いが困難であるときは当該利息相当額が貸付極度額の範囲を超えない限りこれをあらためて貸付けたこととし、いずれにしても一〇ケ年以内に貸付金の弁済を要求しない旨約したに拘らず、金庫は昭和三三年九月控訴人申出の手形書替えを断り、その後本件任意競売の申立をした。

5、仮に右抵当権設定契約が有効であるとしても、金庫は控訴人に対し、本件貸付金は貸付後一〇ケ年間に随時分割弁済すればよい旨約束しておきながら、貸付後僅か二年六ケ月余りしか経過していない昭和三五年五月一九日競売の申立をしたものであるから右競売は無効である。

6、したがつて被控訴人は右競売手続における競落によつて本件不動産の所有権を取得しえない。

(二)、被控訴人小野はつぎのとおり述べた。

1、原判決事実摘示のうち請求原因二項に対する被控訴人の答弁中「労働金庫法第一一条第一号所定の会員であつて」とあるのを「労働金庫法一一条一項四号所定の会員であつて」と訂正する。

2、本件抵当権設定の経緯とその実行に至つた事情についての控訴人の主張を否認する。

3、金庫は従前岡山県勤労者信用組合と称し中小企業等協同組合法によつて設立された信用組合であつたが昭和二八年一〇月一日施行された労働金庫法に基き組織変更のうえ岡山労働金庫として発足した。信用組合は一般大衆の預金の受入れとこれに対する資金の貸付を目的としていたので一般中小企業者を組合員としていたが、労働金庫はその会員資格を労働組合、消費生活協同組合など労働金庫法一一条所定のものに限つた。

控訴人は以前から岡山県勤労者信用組合の組合員として右金庫と取引があつたが労働金庫法施行後においても金庫からの貸付を希望し、他方金庫としても前記信用組合当時の顧客のうち労働金庫法所定の会員資格を有するものについては取引を継続する方針であつた。控訴人は当時数名の縫子を使用して婦人服仕立業を営んでいたので、金庫は控訴人に対し会員資格取得手続をとれば労働金庫法一一条一項四号所定の団体として会員資格を取得することができる旨を教示し、控訴人はそれに従つて従業員と控訴人自らを含む池田洋服店従業員組合を結成し、出資をするなど所定の手続を経て前記四号所定の会員となつたものである。

従つて金庫がした右団体への貸付は有効である。

4、仮りに、当時組合が実在しなかつたとしても控訴人は組合を代表して前記貸付をうけたものであるから、控訴人は民法一一七条一項により金庫の選択したところに従い履行の責に任ずるものである。

5、仮りに右貸付が員外貸付であるとしても無効ではない。

6、控訴人は前記団体を結成し責任者となつたとして資金の貸付をうけながら、自らその無効を主張することは信義則に反し許されない。

(三)、証拠関係(省略)

理由

一、被控訴人小野が債権者金庫、債務者兼所有者控訴人間の岡山地方裁判所昭和三三年(ケ)第八二号不動産競売事件において、別紙目録記載の各不動産を控訴人主張の日に競落し、控訴の趣旨記載のとおり所有権移転登記を経由したが、右競売事件は金庫が控訴人所有の前記不動産に設定をうけた抵当権実行のためのものであり、その抵当権の内容は被担保債権の債務者の点を除き控訴人主張のとおりのものであることは当事者間に争いがない。

二、1、成立に争いない甲第四、五号証、乙第一、二、五号証、第六号証の一、二、第一〇号証、原審証人馬場亨、当審証人林収治、同井上敞(第一、二回)原審及び当審における控訴本人尋問の結果(いずれも一部)及び弁論の全趣旨によるとつぎの事実を認めることができる。

岡山県勤労者信用組合は組合員である中小企業者等に対する資金貸付等を事業目的とし、かねて従業員数名を使用して婦人服仕立業を営む控訴人に資金の貸付をしており、昭和二九年三月当時の貸付残高は一〇万円に達していたが、同年四月一日労働金庫法の施行に伴い組織変更して岡山労働金庫として発足することとなつた。ところが労働金庫に組織変更した暁には同法所定の会員資格を有するものでなければその会員となつて資金の貸付をうけることができず、しかも信用組合としてはこのような組合員に対する貸付残額については金庫発足までにそのすべての決済を求める意向であることを知つた控訴人は右残額の返済を一時に求められることに不都合を感じ引き続いて金庫と取引きすることを希望し、他方信用組合としても金庫発足後も続いて貸付を行いつつ旧債の整理をするのを得策と考え、控訴人に対し金庫の会員資格取得の手続等を教示した。控訴人はこれに従つて、自己を代表者としそのほか八名の従業員とともに労働金庫法一一条一項四号所定の要件を充す団体を結成したことがないのに池田洋服店従業員組合という名称の右団体を結成したとして金庫に対する出資を引きうけ、その口数に応ずる金額の払込を了し金庫の会員となる手続を踏んだ、他方金庫としては控訴人が取引を希望し所定の手続を踏んだので集金人などを介して調査したうえ前記四号所定の団体を結成したものと考え、昭和二九年四月一七日、控訴人がかねて信用組合に対する一〇万円の借入金債務支払いのため振出しており、その債権を金庫が承継した手形の書替えを承諾し、爾後貸付残高の増減に応じてその金額も変動したが満期到来のたびに控訴人は金庫の承諾を得て手形を書替え、昭和三〇年一〇月初旬頃控訴人の金庫からの借入残高は三〇万円に達した。その頃控訴人は財団法人観音院保存会に二五万円の債務を負担しており、それを担保するため本件不動産のうち土地及び第一建物に抵当権を設定していたが、右保存会からその弁済を要求され、その弁済がないときは抵当権を実行する旨の申し入れをうけたが、これを競売されては営業を続けることができなくなると考え、金庫にその弁済資金の貸付を依頼した。そこで金庫は昭和三〇年一〇月二〇日本件不動産に貸付債権担保のため前記根抵当権の設定をうけて同月二一日二五万円を貸付け、控訴人はこれを保存会へ弁済して抵当権の抹消登記を経由したが、金庫はさらに二回に亘り一五万円を貸付けた。ところが控訴人はその弁済を遅滞し、抵当権の目的物である建物を金庫に無断で他へ賃貸し、その後婦人服仕立業を廃業するに至つたので金庫は本件抵当権の実行に及んだ。以上の事実を認めることができ、前記証拠のうち右認定に反する部分は措信しない。

2、ところで控訴人は前記のとおり結成されていない団体である組合の代表者として金庫から貸付をうけたものであるが、これは控訴人が民法一一七条一項にいう無権代理人としてした行為に類似するものというべきところ、金庫が右貸付をした際組合が存在しないことを知悉していたものであるとの控訴人主張事実を認めえないことは前記1において認定した事実に徴して明らかであるから控訴人は金庫の選択したところに従い履行の責に任ずべきであり、この趣旨は無権代理人と類似のものとされる控訴人を借主と同一の地位におく効果を生ぜしめることにあるから、本人である組合と金庫との間に成立したであろう一切の法律関係は金庫と控訴人との間に成立したこととなり、弁論の全趣旨によれば控訴人と金庫との間の前記抵当権設定契約の被担保債権は右のようにして金庫と控訴人との間に成立した貸付債権であることが認められる。

3、金庫の控訴人に対する本件貸付がその目的たる事業それ自体に含まれないことは明らかであるが、当裁判所も右貸付行為を無効なものとは考えないのであつて、その理由とするところはつぎに附加するほか原判決五枚目裏八行目から六枚目一行目までに説くとおりであるからそれをここに引用する(ただし同六枚目表八、九行目に「前示認定した事実関係の下においては」とあるのを「前記1に認定した事実関係に徴するときは」と訂正する)。

労働金庫法が貸付の相手方を制限した政策的配慮を軽視することが許されないのはいうまでもないこととしても、金庫本来の事業目的を超える貸付行為を、そのことのみで公序良俗に違反するもの、ないしは目的の範囲外の行為であるとしてこれを直ちに無効であるとするのは相当でなく、前記1に認定した事実関係を考慮するときは本件貸付行為を公序良俗に違反するものと解すべき事情も認められない。

三、そうであれば本件貸付行為が無効であることを前提とする控訴人の請求は理由がない。

四、当審における控訴本人尋問の結果(第二回)のうち、金庫が控訴人に対し本件貸付金は貸付後一〇ケ年以内に随時分割弁済すればよい旨期限の猶予を与えた旨の控訴人の主張にそう部分は当審証人井上敞の証言(第一、二回)及び弁論の全趣旨に照らしてたやすく措信し難く、他に右事実を認めるに足る証拠はないので、これを前提とする控訴人の主張は失当であるのみならず、仮に控訴人主張のように、抵当権者である労働金庫が本件貸付金債権の履行期の到来前に抵当権を実行したものであるとしても、本件競売にあつてはすでに前記のとおり競落許可決定があり、かつ競落代金が支払われて競売手続が完了していることが当事者間に争いがないので競落人は有効に競落不動産の所有権を取得したものというべく、いずれにしても控訴人の右主張は失当である。

五、したがつて、本件抵当権が被担保債権の不存在により無効であることないしは弁済期未到来のため被控訴人小野は競落によつて本件不動産の所有権を取得しえないことを前提とする控訴人の被控訴人らに対する請求はこれを失当として棄却すべく、右と同旨に出でた原判決は正当であるから本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

目録

土地

岡山市上西川町七三番の五一

一、宅地     一九坪四合

第一建物

同所同番地

家屋番号同町八二番の四

一、木造かわらぶき二階建店舗 一棟

建坪   五坪七勺

二階   五坪七勺

第二建物

同所同番地

家屋番号同町八七番の一九

一、鉄筋鉄骨コンクリート造二階建居宅兼店舗 一棟

建坪   七坪三合

二階   七坪五合四勺

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